ロンバケの世界観は「はっぴいえんど前」だった!目からウロコです
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 おつかれさまです。@gorolibです。

 ふと仕事が空いたので、いつかやろうと思っていた大滝詠一さん研究記事を書きます。
 早いもので大滝さんが亡くなって丸3年が過ぎました。大滝さんのまとめサイトは世に数多あり、私の情報などたかが知れていますが、それでも「追求し出したら面白くてとまらない感覚」は誰よりもお伝えできると思います。

 また、全国のコアな神エアチェック(公式・非公式問わず)をまとめることができるのも、しがらみのない個人ブログならではと思います。今後は継ぎ足しで記載いきますので、末長くよろしくお願いいたします。


 大滝さんと言えばアルバム「A LONG VACATION」があまりにも有名です。私が初めて大滝さんの音楽を聴いたのは中学2年(1984年)の夏でした。音楽に目覚めた年頃であり、和洋問わず聴きまくっていた時代でした。洋楽はちょうどニューロマンティックなるブームにて、カルチャークラブやデュラン・デュランといったグループが全盛でした。邦楽は邦楽で、ザ・ベストテンというテレビ番組を中心に、歌謡曲・フォークソング・ニューミュージック・演歌がないまぜになり、大変に盛り上がっていた時代です(今では考えられませんが、当時は娯楽の種類が少なかったのでしょうね)。


 音楽の聴き方はカセットテープが主流でした。販売はレコードが主流でしたがレコードは高価なため、FMラジオから流れる曲をラジカセという機械で録音し、繰り返し聴いたものです(当時はそれをエアチェックと呼んでいました)。当時NHK-FMでは平日の18:00から「リクエスト・コーナー」なる番組がありました。部活終わりでダッシュで帰宅してはエアチェックに励んでいたものです。そんなとき出会ったのが「A LONG VACATION」に収められている「カナリア諸島にて」という曲でした。


■なんというさわやかな世界観!


 この「カナリア諸島にて」という曲は、中学生男子にはとんでもない衝撃でした。歌詞の一部を引用します。

 薄く切ったオレンジをアイスティーに浮かべて
 海に向いたテラスでペンだけ滑らす

 汗まみれの部活帰りに、駄菓子屋で60円のチェリオを飲んでいるような中学生男子には、とても想像つかないオシャレでさわやかな夏の風景にいっぺんでしびれたものです。その後は必死で小遣いをためて、アルバム「A LONG VACATION」を2800円で購入しました。アルバムジャケットはイラストレーターの永井博さんによるもの。この風景にも大変憧れました。1500円ほどのポスターを購入して部屋にデカデカと貼ったものです。改めて考えると、私はこのイラストをきっかけに(紆余曲折ウン十年ありましたが)デザイナー職になったようなものだと思います。


■「A LONG VACATION」を朝昼晩


 アルバム「A LONG VACATION」を購入後はそれこそ朝昼晩、オヤジのステレオを借りて聴いていました。ちなみにステレオというのは、レコードやカセットテープなどのデバイスから音を増幅してスピーカーで鳴らすという一連の機材の通称です(時代が変わりすぎているなぁww)。レコードは途中の曲から聴くのはご法度(傷がつきやすい)ですので、最初から最後までおとなしく聴いていました。

 アルバムの収録曲には言及しませんが、最初から最後までおとなしく聴いたおかげで「A面の終わりからB面のはじめ」という人生の侘び寂び的な部分を学んだのも、このアルバムのおかげかもしれません。レコードはその物理特性上、外周の方が音がよいので、ヒットチューンは1〜2曲目に来ることが多い。反して内側(A面の最後の方)の曲は、何か物悲しい感じの曲が多かったのです。レコードがCDに変わりピンポイントで曲が聴けるようになり便利にはなりましたが、レコードの持つ物語性は失われた気がします。


■「A LONG VACATION」以前の大滝さんを調べてみると…


 さて「A LONG VACATION」の発売は1981年発売です。私は1983年の夏に大滝さんを知ったわけですが、ファンになると他の曲やアルバムも知りたくなりますね(新人さんではないことはなんとなくわかりましたので)。レコードは高くてなかなか買えないので、JOYFULという駅前のレンタルレコード店で、大瀧さんのアルバムを毎日物色しておりました。

 何枚か借りて聴いてみると「A LONG VACATION」然としているものと、そうでないものがあることがわかりました。当時の中学生男子としては「なんだこりゃ」という感覚は否めませんでした。
 例えば佐野元春さん、杉真理さんとともにリリースされた「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」はロンバケ然としているが、「NIAGARA TRIANGLE Vol.1」はなんだか違う(似たようなタイトルなのに)。「NIAGARA CALENDAR」というアルバムの収録曲「青空のように」はロンバケ然としているが、ロンバケ直前のアルバムである「LET'S ONDO AGAIN」はなんだか激しく違う…。

 もちろんここで言及するまでもなく、大滝さんのルーツは「はっぴいえんど」ですが、それもなんだかロンバケとは違うのです。これはいったいどうしたものだろうかと当時は悩んでおりました(大げさですが)。


■渋谷陽一さんのラジオが手がかりでした


 それではこの「ロンバケ前後のブランク感」はどこから来るのか?

 結論から申し上げますと「ロンバケ前」というのは、大滝さんが主催するナイアガラレーベルの暗い部分なんだそうです。これは80年代に放送していたNHK-FM「サウンド・ストリート」という番組のスペシャル(渋谷陽一さん)で語られています。フィルスペクターアプローチにもさんざんチャレンジしたが完全に力尽きた、アルバム契約(年間にリリースする枚数契約)があったので、苦心しながらリリースはしていたが「行き着くところまで行った」とお話しされていました。


 実は私、当時この番組をエアチェックしていました。しかしいつの日か(実家の引越しや結婚を経て)カセットテープは捨ててしまったんですね(こういうところ、本物のナイアガラフリークではないことをご承知おきください)。そういう番組があったことすら忘れていて、最近YouTubeで発見して改めて聴き直した次第です。

「語られていました」というのは、YouTubeで聞き直して初めて知った情報であり、当時エアチェックしたテープからは聞き取れていませんでした。山下達郎さんと20年にわたって放送された「新春放談」といい、当時のラジオ番組がとてもいい音で聴けることについては、テクノロジーの進化やそういう記録を大事に保管されている方への感謝しかありません。

※今回の記事を整理してわかったのですが、山下達郎のサンデー・ソングブックにて(最初はサウンドストリートから)大滝さんゲストで26年にわたり放送されていた「新春放談」はYouTubeで聴けなくなっていますね…。残念です。


■「A LONG VACATION」の世界観は「はっぴいえんど前」だった


 私は長い間勘違いしていました。このロンバケ前後のブランク感というものは「ロンバケで大滝さんを知った風情が語るんじゃねぇ!」というカテゴリーのものと思っていたのです。つまり僕らのひと回り上の世代、はっぴいえんどを現役で聴いていた世代に怒られるんじゃないかと思っていました。はっぴいえんど自体がその当時は「わかる人だけがわかる」という存在だったようですから、敬意を払わなきゃいけないんだな、ロンバケ前も含めた音楽も含めて大瀧さんをわからないといけないんだな…などと勝手に勘違いしていたのです。

 ところが実はそうじゃありませんでした。先日改めてYouTubeにて前述の「ヒストリー・オブ・ナイアガラ」を聴いたところ「(ロンバケ前の暗黒期の次のステップとして)どこを起点にしたかと言うと、はっぴいえんど以前」と大瀧さんははっきりおっしゃっていました。つまり「ロンバケで大瀧さんを知った風情」が堂々とロンバケ以降を語ってもよかったのです。初めて大滝さんを聴いてから30有余年が経ちますが、なんだかとっても気分が軽くなった瞬間でした。


■大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝


 先般のとおり、私はナイアガラレーベルをいい感じのBGMとして人生を送ってきました。しかし熱狂的なファンとまでは言えず、最新情報を逐一キャッチアップしていたわけではありません。ところで先日、何の気なしに生前の大滝さんが出演されていたラジオを検索していたところ「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」なるものを知りました。

 きっかけは、THE ALFEE・坂崎幸之助さんのラジオ番組(大滝さんがゲスト)でした。坂崎さんから近況を問われた大滝さんは「忙しいって言うか、暇って言うかね…」という変わらぬ口調で、NHK-FMで放送されていた「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」の紹介をされていました。

※坂崎さんは聞き手としてもすばらしいですね。往年の新春放談と同じくらい大滝さんが楽しそうです。

 私は2017年になって初めて、2012年から放送されていた「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」を知るわけですからなんともお恥ずかしい限りです。ちなみに「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」はパート5まで企画されていたようですが、大滝さん急逝によりパート4までが放送されています。ひとつのパートが50分×5回(月〜金曜日)ですので、改めて聴き直すと50分×5回×4パート=1000分(!)もあります!大変です^ ^



■ぼくらは「大滝詠一伝」で一生楽しもう


 さて「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」、早速いくつかのパートを聴いてみました。いやはや濃い!しかし面白い!新春放談以上の濃さがあります。新春放談は「はじめから終わりまで何を言ってるのか全然わからなかったけど妙に面白かった」というリスナーの意見がありましたが、ポップス伝は、途中で聴いたことのある有名曲が流れるのと、「有名予備校の世界史の神講義(想像)」的なストーリー展開、「微に入り細に入る」音楽の背景や人間関係が調べられていており、あっという間の50分(1本分)です。

 大滝さんと言えばアメリカン・ポップスなんて知り尽くしていると思っていたのですが、そうではなかったようです。

「これがね、全然知らなかった。2010年に気がついた(笑)」(K's TRANSMISSIONより)

 研究は、プレスリーが出てきた56年から63年12月31日までと決めておられたそうですが(K's TRANSMISSIONより)、続きは叶わないものとなってしまいました。しかしパート4まで1000分(!)のコンプリートは今後の人生の楽しみのひとつになりました。

 私見ですが「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」は、ビートルズ前夜の研究だったのかと思います。「前夜の研究」というのは三国志しかり、戦国時代しかり、男子の心をくすぐるものであります。ぼくらはロンバケ前夜の「大滝詠一伝」で一生楽しめるはずです。


■ナイアガラサウンドは「下敷き」も面白い


 さてナイアガラサウンドは「下敷き」の研究も面白いです。「パクり」なんていう言葉で片付けられたくないものですね。例えば「ポップス伝」ではバディ・ホリーという人が頻出なのですが、実は「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」からのシングルカットである「A面で恋をして」という曲は、Everydayという曲に似ています。


 それもそのはず「A面で恋をして」のコンセプトは「バディ・ホリー・ミーツ・フィル・スペクター」だったそうで、そうするとバディ・ホリーの研究がしたくなってくる。

 次に「A LONG VACATION」の収録曲「さらばシベリア鉄道」は「霧の中のジョニーをプロデュースしたジョー・ミークへのトリビュートソング」とのことですが、原曲を聴くとまた楽しみが増えますね。


 ちなみに私がはじめて出合ったナイアガラサウンドである「カナリア諸島にて」は、The Beach Boys のプリーズ・レット・ミー・ワンダーが原曲とのことで、こちらも楽しめます(以前に新春放談で山下達郎さんも「なるほど!」と驚かれていました)。

The Beach Boys - プリーズ・レット・ミー・ワンダー

 念のため補足いたしますが、この辺りの下敷き探しは「あげつらう」のではなく「嗜みとして」行うのがお作法かと存じます。

 さてこのように大滝さんにまつわる歴史を辿ると、興味は尽きません。特に「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」の追体験と、ナイアガラサウンドにまつわる原曲の旅はとても楽しいものになりそうです。

 最後に。今回ググって気になったのはこちらのサイトです。これって大滝さんのテキストなのでしょうか?どなたかご存知でしたら教えてくださいませ。



 お役に立てれば幸いです!ではでは出羽の海。


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※この記事は随時追記いたします。

※この記事はソニーミュージックのオフィシャルサイトに倣い「大滝」表記で統一します。ただしリンク先についてはそれぞれのタイトルを採用していますので「大瀧」も混在しています。